4. カタログ打合せ(2016年8月17日)

4.カタログ打合せ

今日は東京出張の日。

僕のオフィスは天神という福岡市の商業地にある。
その天神の一番ど真ん中にオフィスを構えていた。

オフィスビルの地下にはビル直結の市営の地下鉄「天神駅」があり、オフィスから数分で地下鉄に乗れることも自慢の一つだった。

福岡空港を利用した人ならご存知だと思うが、福岡空港から5分で博多駅、10分で天神というアクセスの良さは多分日本一であろう。

朝礼とミーティングを終え、午後イチの打合せに間に合うように11時前のフライトに乗り込む。

スーツケースは赤でブリーフケースは黒、スーツは黒でネクタイとハンカチは赤である。
あと名刺入れは赤で、財布も表装は黒で内装は赤、小物も大体黒か赤だった。
会社のコーポレートカラーを黒赤にしていたので、あえてそういうコーディネートをしていた。

羽田に着くとそのまま京急に乗り込み、新橋からタクシーで電気メーカー「オカモト」の東京支店に行く。

「オカモト」というのは、大阪に本社を置く日本のトップクラスの電気メーカーである。

僕の会社にはSilicon Valleyに子会社があるが、そこでCEOを任せていた枡田がオカモトの副社長をたまたま知っていた繋がりで、協業へ向けて進むことになった。そして、約1年の歳月を経てやっと取引できることになった。

今日の打合せは年末に発行される総合カタログに載せる商材についての打合せである。

しかも、ヘルスケア事業部のイチオシ商品として大きなページでコラボ商品が掲載されるというから、感慨もひとしおである。

受付で会議室に通されて、出されたアイスコーヒーで喉を潤していると元気な声が聞こえた。

「やあお疲れ!中澤さん!」

小柄な元気のいい60歳前の渡部部長がやって来た。

「こちら、小栗。私の部下です。」

「こんにちは。GATの中澤です。よろしくお願いします。」

僕は直立し、紹介された小栗さんに名刺を差し出す。

「いやあ、東京も暑いでしょ!遠路ご足労ありがとうございます。」

大企業の部長に労いの言葉をかけられ、まんざらでもない嬉しい気持ちになる。

「あっそうそう、来月弊社の福岡ショールームに行くから、夜、どうですか?」

渡部部長はニヤリとしておちょこを口に運ぶ仕草をする。

「ぜひ、ぜひ!渡部部長はグルメって聞いているので、僕の知っている店でご納得頂けるか分かりませんが、目一杯エスコートさせて頂きます」

「ははは、そんなにグルメじゃないし、店は何処でもいいですよ」

一通りの世間話を終えた後、本筋に入る。

「今日の打合せは小栗が中心に進めますから、小栗くん、よろしく」

「それでは、中澤社長、早速本題に入ります」

小栗さんの話によれば、9月中にカタログの撮影を終えたいのでサンプルの納期が知りたいということ。

そのカタログ自体は年末の12月には全国の代理店に配布されるということ。

サンプルはニュースカイホテルでオカモトが展開する日本最大のショールームで展示するということ。

全てが夢のような話ばかりであった。

「中澤さんねえ、私はこのヘルスケア事業部に配属になってまだ間もないんですよ。だからね、あなたの商材で一気に実績を作ろうと考えています。頼みますよ!」

ところで、無事商談を終わらせたのであるが、僕はこの商談を断ることになっていた。

実はオカモトは田中社長の会社の商売敵であり、もともと契約解消を強要されていたのである。

しかし、田中社長が僕に破産を強要し、はんめに回った以上、それに従う必要はない。

むしろ頼みの綱となっているユーフォリアから確実に出資を受けるために、明るい話題は多い方がいい。

定宿のある勝どきのホテルで、商談の内容を右腕の柿本に伝える。

「それマズイっちゃないと?」

「いやここまで来て、1年がかりでやって来た枡田の顔に泥は塗れん!」

それを聞き柿本は慌てたが、なだめすかした。

夜8時過ぎ、中目黒の改札口。

「あ〜ごめん、ごめん」

若干中年太りのショートカットの男性がやって来た。パッと見、地味であるが、全てセンスの良いものを身につけている。

中澤が絶対的に信頼する先輩の東である。

東は最近還暦を迎えたばかりであるが、ファッションだけでなく見た目も50くらいにしか見えない。

仕事はプロデューサー兼レコーディングエンジニアで、80年代から日本の音楽シーンを作り上げて来た重鎮中の重鎮である。

育て上げて世に輩出して来た大物ミュージシャンは数知れない。

先日初めて苦しい胸の内を妻に話した中澤であったが、心許す東に会社の経営が危機的状況にあることを話した。

「で、いくら必要なの?」

驚いた東はおもわず身を乗り出して僕に聞いてきた。

「いえ、出資の話を進めているのでお金は何とかします」

「何とかなりそう?」

「何とかするしかありません」

「そっか!トコトン飲もうか!」

包容力のある東さんの優しさに包まれて、僕はハシゴをしながら深夜まで飲んだ。